武田信玄像は別人?

昨日の産経ニュースによると、私たちがよく知っている大入道のような武田信玄像は別人の可能性が高いとのことです。確かに、若いころの晴信像とも大きくかけ離れていますし、この話には信憑性があります。

そういえば、私たちが中学校ぐらいのころに教科書に載っていた人物像は別人だという話が少なくありません。具体的には、源頼朝像として伝わる神護寺三像のうちの一枚は、尊氏の実弟であり、高師直と対立の末南朝側に降った足利直義ではないかと親切が出ています。また、西郷隆盛像が本人とは似ても似つかないという話は有名です(西郷隆盛は名前さえいい加減で、本当は隆永だったという話もありますし)。聖徳太子もそうです。

ほかには、仁徳天皇というのも実際には二人の天皇を合わせた呼び名だとか、堺市の御陵が仁徳天皇のものとは確定できないので、現在の教科書では仁徳天皇陵と記載されていないなどの話もあります。

上代から中世にかけての歴史は分からないことも多く、こういった混乱も少なくありません。では、近現代史なら大丈夫なのかというと決してそんなことはなく、国家機密等の事情で資料が出てこないこともあれば、政治的な配慮その他で必ずしも誠意ある記述が行われていないことも多々あります。

最近は大学でロシア語を教えなくなったそうで、ロシア語ができる人が冷戦時代に比べると激減しているという話も聞きます。結果として、ソ連崩壊後に出てきた機密資料の研究なども知られていないことが多いのです。そんなこともあって、少なくとも第一次大戦前から冷戦期までの通説は、話半分に聞いておいた方がよさそうです。

私も大学時代にはロシア語を少しかじりましたが、独学なのでスラスラ文章が読めるレベルには到達していません。今では辛うじてキリル文字が分かる程度です。できれば自分で資料を漁ってみたいところですが、ちょっと力量が足りませんね。

いずれにせよ、学校の教科書はそんなにあてにはなりませんし、定期的に教科書の知識もアップデートする必要がありそうです。子供の教科書も貴重な資料になるので、ぜひ借りて読むようにしたいと思います。

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