「おられる」は誤用か?
「おる」は謙譲語であり、「れる」は尊敬の助動詞であるため、これらを組み合わせるのは誤用であるという話をときどき耳にします。しかし、本当にそうなのでしょうか? 今回はそのことについて考えてみることにします。
「おる」には、自分の動作を卑下したり、相手の動作をさげすんだりする意味があります。これが謙譲語の元になっています。一方で、(通常適当な助動詞をともなって)「いる」の丁寧語としても使われます。また、本来の意味は動作や状態が継続していることを表します。
私の場合は、姫路の出身であり、その後、京都や大阪で暮らしてきましたから、「おる」は「いる」の同義語としての用法が普通でした。ですので、謙譲や丁寧の意味があるといっても、それらは非常に軽く、申し訳程度の敬語としか感じません。一方で、「おる」を多用しない地域では、謙譲の意味が強くなっているのだろうとは思います。
辞書的には(つまり標準語では)、「おります」は「いる」の丁寧語であり、「おられる」は尊敬語です(大辞林 第二版による)。ですので、「おられる」が誤用などということは一切ありません。
(首都圏を含む)関東など、「おる」が謙譲の意味しか持たない地域では、あくまでもその方言の範疇において「おられる」が誤用ということになるのでしょう。方言としてはおかしくても、標準語としては正しいわけですから、演劇等の方言指導以外で「誤用である」ととがめるのは問題があります。
「いる」の尊敬語は「いらっしゃる」を使うべきだという意見もありますが、これは「おられる」に比べるとかなり上位の表現です。文章などで「いらっしゃる」を使ってしまうと、それとバランスを取るために他の表現も格上げしなければならず、皇族に対する絶対敬語表現のようになってしまいかねません。これでは一般の文章としてはあまりにもまどろっこしく、場合によっては嫌味にさえとられることでしょう。


宮内庁では...
http://www.google.com/search?client=safari&rls=en&q=site:http://www.kunaicho.go.jp/+おられ&ie=UTF-8&oe=UTF-8
もし仮に「おられる」が敬語でないのであれば、宮内庁が公開している文書でこのような表現をすることはあり得ないでしょう。
1箇所だけなら、たまたま間違ったということもあるでしょうが、これだけ頻繁に使われているわけですから、単なる間違いとは考えられません。
一方、朝日新聞の場合には、
http://www.asahi.com/national/update/0205/TKY201002050411.html
上記のように敬語の使い方を知らないようです。このような新聞は国語の参考にしてはなりません。